どうも、バッカスのオッサンです。
3月ももう半ばを過ぎて、人の入れ替わりが激しい季節がやってまいりました。
私の場合、仕事上ではそんなに人が移り変わる職場ではないため、季節を感じることすら最近は減っています。
一番季節を感じるところは、正月や盆休みという大きな休みのところになってきますが、それすらもここ数年は段々と希薄になってきていて。
あまりそういった節目に対して、世間の空気もそんなに変わらないような気がしてきているのですが、それは私が50年あまり生きてきたせいで単純に慣れてしまっただけかも知れません。
正月すらも大きなイベントでは無くなってきているのは、それがそんなに楽しみなものでも無くなって来ていることのような気もして、いささか淋しくもあります。
しかし、3月は学生のペースに合わせざるを得ないような、卒業と入学という大きなイベントがありますので、こちらのほうが自分の感覚としては大きなイベントになりつつあります。
バスケのチームとしての節目というのはそれぞれのチームで様々かと思いますが、秋から年末にかけて3年生にとっては最後の大会というものが行われ、年明けに全国大会があるものの、ほとんどのチームの引退試合は秋に決着がつきます。
それを終えた3年生は、基本的には受験勉強の期間を過ごすこととなり、チームとしても新チームでの活動が増えていきます。
そして2月3月に受験を終えた3年生は、また高校に向けて体力作りをするため、チームにパラパラと戻ってきます。
我々のチームは12月に新チームとしての体勢を迎えるわけですが、この2月後半から3月の期間にまた3年生が戻ってくることで、非常に中途半端な時期を過ごすことになります。
ま、気持ちはすでに新チームに移行しているので、受験を終えた安心感からフワフワした3年生とのテンションの行き違いというか、そういうものがチームに不協和音をもたらすというか。
実際はそこまで大袈裟でもないのですが、ただ3年生があまりにも浮つきすぎていると、バスケとは別のことで注意をしないといけなくなり、正直に包み隠さずに言うと「邪魔すんな」という気持ちになることもしばしば。
ま、この一年間をともに過ごした3年生を邪険にするのも違うかなと思うので、なんだか妙に気を使いながら過ごすことになるのが嫌だな〜という季節です。
我々のチームでは、年々、選手の意識レベルの低下を感じている⋯ということは、このブログで何度か書いています。
基本的に私はクラブチームを部活の上位互換と捉えています。
それは試合の結果や実力が必ずしも上にあるという意味でもないですし、そこには地域性も絡んでくるので、一概に全ての場所でそうですよという話ではありません。
私が活動する地域での限定的なお話として読んでいただけると幸いです。
私の活動する地域では、クラブチームは部活動で物足りない選手が選択する活動形態であるという認識が、浸透しているように思います。
私自身もそう考えている一人であり、部活よりももっと専門的な技術であったり、レベルの高いものを求める選手のために活動するものだと考えています。
しかし、ここ数年の選手の様子を見ていると、選手または保護者のほうはそれほどそういった感覚で見ていないような気がしてなりません。
簡単に言うと、とりあえず所属しているだけで満足しているような状況で、取り組み方のレベル、努力のレベル、真剣さのレベルにおいて、選手本人も保護者も良しとするラインが恐ろしく低い。
私から見ると、誰にでも出来るレベルの努力を、誰にでも出来る強度で行っているだけで満足しており、全くもってこの競技において自己実現をしようとするような気概が見て取れません。
技術を向上させて強豪高校でも通用するような選手になろう⋯とか、全国レベルに届くような選手になろうとか⋯それどころか「もっといいプレーヤーになろう」という気持ちすら感じない子供もいるほどです。
これは指導者にとって、非常にやりがいの薄いことであり、こういう選手ばかりになると、もはやチームの存在価値すら無くなってしまいます。
幸か不幸か、ギリギリなんとか一部の選手のやる気のお陰でチームは存続しているようなもので、ほんの2,3年前にくらべても、その比率は悪い方に大きく傾き、練習に行くたびに疲労困憊する頻度が増しています。
「やる気のない子供をやる気にさせる」という活動にも価値はあります。
しかし、私はそれをやりたくてチームを立ち上げたわけではありません。
「やる気があるのに環境が悪いためそれを活かせない子供たち」のために、チームを立ち上げたわけです。
部活の悪口を言うわけではありませんが、私が活動する地域の部活動では、競技レベル、指導レベルがミニバスよりも劣るチームが多く、ミニバス経験者の子供たちにとって、適切な指導を受けられる環境が整っていませんでした。
世の中の変化に伴い、学校の先生の仕事も大変になっていて、いわゆるモンスターペアレンツや問題行動に対する対応に追われることが多く、私の中学生時代のようにガッツリと部活動に取り組むことが難しくなっています。
闇バイトなどで警察沙汰の話も少なくないようで、激しい地域の先生だとしょっちゅう警察署に出向くようなことが日常茶飯事だそうです。
そういった社会全体の変化もあるので、出来ることは自分たちでやろうと立ち上げたのが我々のチームです。
誤解のないように改めて書きますが、部活の活動レベル、指導レベルを下げているのは学校の先生のせいではなく、社会の変化とモンスターペアレンツのせいです。
ま、「モンスターペアレンツのせい」という部分は私の実体験からくるバイアスがかなり強く反映されているので、無視していただいて構いませんが。
話を少し戻しますが、やる気のある子がそのやる気を発揮するために、私はお手伝いをしたいと思っています。
なので、「ウチのコをやる気にさせて欲しい」というような要望には応えられません。
本人に予めやる気があって、共に過ごしていく中でその程度が変化する分に関しては、こちらの責任というか、うまくモチベーションを設定してあげられてないのかなと反省することもありますが、入部した最初からやる気の薄い子をどうにかこうにかするということは、自分の仕事として設定していません。
もちろん、こちらがそういう考えであることは入部前に伝えているのですが、その部分を深く考えていない家庭が多いような気がしてなりません。
子育てに関わることは、もっと真剣に考えて欲しいなと思います。
「やる気が微妙な子」について、悪い印象を与えるような書き方になっていますが、私はその子が悪いとは一切思っていません。
評価の基準を我々のチームにおいているので、その基準では劣っているという評価になるというだけの話ですので、その子自身を一人の個人として貶めるつもりはありませんし、何一つ、批判する気はありません。
私達とは考えが合わないよ⋯というだけの話であり、出来ればそのへんを理解してもらって、その上で「そういうふうに取り組むべき場所だったのか」と切り替えてやってくれるなら、喜んで一緒に活動していきたいのです。
そういった考え方の部分を理解し、しっかりと説明してあげるのは、親御さんを始め家族の仕事ではないのかなと、私は思うのです。
私自身がかつてそういった活動をしていた子供の親でもあったので、余計にそう思います。
チームやバスケに関わる部分で、子供が成長の糧とする部分に関しては、チームの全員で個々の成長のために取り組むべきだと思いますが、そもそもバスケに対する気持ちが微妙だとか、そんなに向上心はないんですけど⋯みたいなパターンはこちらでは扱いが難しいのです。
それはバスケを通して成長したいという気持ちが、我々の活動の軸になることだからです。
めちゃくちゃど真ん中の芯になる部分なのです。
そんなに上手くならなくてもいい⋯しんどいくらいなら頑張らない⋯苦手なことはしたくない⋯試合になんて出たくない⋯
などと言われたら、こちらは何を目標として何を教えればいいのでしょう。
もちろん、ここまでひどい言い草を直接ぶつけられたことはありませんが、そういうふうに指導者に感じさせる行動をとる子供が増えています。
私が不思議に思うのは、そういう子供の態度を見て、何も言わない保護者の姿勢です。
私、これを愚痴ではなくて、問題提起として書いておきたいのです。
前述しましたが、中学校も小学校も、先生の仕事は学業や部活に集中できないほどに大変です。
また、バスケなどスポーツの指導の界隈でも言われているように、暴力や暴言などを用いた指導に対して、学校の先生ともども厳しく規制されています。
私としても、暴力にはもちろん反対ですし、暴言に関してはどこからがそれに当たるのかは個別の関係性に寄るところもあるという思いはありつつも、基本的に排除する方向で納得しています。
その他、セクハラやパワハラの類いも、基本的に無くしていかなければいけないことと理解していますし、気を付けて指導に当たっています。
先生や指導者がそれらをしっかりと守り、子供を傷つけることのない指導を徹底することは、とても大事なことなのです。
では保護者の皆さん、誰があなたのお子さんに、厳しく当たってくれるのですか?
世の中の厳しい部分、そして度を越すというライン、そういったものを誰が教えてくれるのですか?
ここにこそ、私は保護者の方々に危機感をもってもらいたいと思っています。
こういう世の中になったからこそ、子供の教育に危機感を持たなければいけないのは、家庭の方だと思うのです。
子供の方に乗っかって、モンスターペアレンツになっている場合ではないのです。
外の世界では、誰も怒ってくれないし、殴ってもくれない。
学校であれ、クラブチームであれ、先生や指導者に出来ることは制限されているのです。
自分の社会的な立場を棒に振ってでも、金八先生よろしく顔面にビンタを食らわせてくれるような人が⋯他人が、いると思いますか?
甘えないで下さい。
決してあなたではないと思いますが、学校の先生にクレームを入れまくるアホな保護者のせいで、自分の子供の過ちを正せない「子供に嫌われたくない保護者」のせいで、指導者に出来ることはすごく狭められているのです。
誤解のないように再び書いておきますが、私は暴力や暴言はダメだと言っています。
家庭内暴力についてもそれは同じです。
殴れと言っているわけではありません。
ただ、例えばお子さんの態度が目に余る時、指導者は少ない手数の中から何かをしなければなりません。
それに頼るのですか?
あなたが自分の子供をコントロールできないのに、あなたより手段の少ない他人に頼るのですか?
私はコレ、現場で見ていて本当に危険なことだと感じています。
自分の感覚で言うなら、飾りみたいな親が多すぎます。
子供を育てるということにかける情熱が、微塵も感じられません。
家の外で子供が何も教えてもらえないということに、もっと危機感をもって下さい。
私はバスケに関わるところは教えることが出来ますが、基本的にはバスケ本体を教えたいのです。
技術や練習方法、トレーニング方法、競技の考え方、そういったことを教えたいのです。
生活態度が悪い選手が多くなればなるほど、そういったことにも時間をかけざるを得ない場合もありますが、そんなことをしていたらバスケは上手にならないし、私の気持ちも冷めていきます。
ああ、今年はバスケをするところまで行けないなって。
とにもかくにも、私はバスケがやりたいのであり、バスケを真剣にやっていると、必然として人は育つのだと思っています。
これはバスケだけじゃなく、その人のやりたいことならば何であってそういうものだと思っています。
何かを極めた人は全てに通ずるようなところがありますが、極めるまでは行かなくても、物事は共通項でもって繋がっていて、どこか別の場所での考え方が違うところで生きたりするものです。
人間が育つとか、そういった部分はあくまで副次的な効果であり、逆に「人間を育てる」を標榜しているようなバスケチームにはバスケの技術向上を目指して入る人はいないと思うんです。
そういうチームがもしあれば、人間を育てて欲しいと思う保護者さんはそういうチームを選んで下さい。
私はバスケがしたいです。
バスケをするために邪魔なものは、極力排除したいです。
家庭の中の人間と、その外側の人間と、その両方とバランスよく接して、バランスよく学べることが、スポーツをやっている子供の良いところかなと思っています。
私も頑張りますが、それ以上にあなたのお子さんについてはあなたが頑張るべきでしょう。
当たり前のことを書いてしまい、申し訳ありませんでした。